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2011.10.28

もう少しまじめに

 「そろそろ自転車についてもう少しまじめに考えよう」なる小文を見つけた。
 

 こんな提案がなされている。
 
--引用開始

 一見遠回りにみえるかもしれないが、自転車ユーザーのマナーを平均的に向上させるのにもっとも手っ取り早いのは、学校での自転車教育の強化ではないかと思う。

防犯登録には有効期限があり、更新も制度上はできるはずだが、実際にはあまり活用されていない。学校に通う子どもであれば、学校での交通安全教室などと組み合わせ、いっせいに更新するといったやり方もありうる。免許証に学校名を記載するなどして学校単位で管理できるようにし、摘発まで至らない違反行為の取り締まりの件数を所属校ごとに集計して学校に通知、同時に公表するようにすれば、競争が生じて、学校での安全教育にもこれまで以上の力が入るかもしれない。

--引用終了
 
 筆者は、自転車もさることながら、学校のことももう少しまじめに考えた方がよい。

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2011.10.20

分身

 高校時代、家業の都合だとかで、一人暮らしをしている友人がいた。虚勢を張る性分の男だったので、「家業の都合」が本当かどうかはわからない。
 
 いずれにせよ、毎日昼食に校内売店のパンをかじっている彼のことを知った父が、「うちから弁当を持って行ってやれ」と言い出した。若い頃一人暮らしで苦労した父は、一人暮らしの若者に優しい。
 
 家計のやりくりに苦労していた母はずいぶん抵抗したようだが、結局折れて、私は彼と行動をともにしていた半年ほど、弁当箱を二つ持って通学した。両親の交渉の結果として、彼の分は高校生男子の一人分には満たない小さな弁当箱だった。それでも彼は、「これがあると、売店で買うパンが一つ少なくてすむ」とうれしそうだった。正直、本心かどうかはずっと疑っていたし、今でも疑っている。
 
 いずれにせよ、あの弁当が彼の血肉になったのだとしたら、私の両親は彼の中にもうっすらと生きていることになる。あの弁当の食材にかかわった様々な人もまた、彼の中にうっすらと生きている。もちろん、私の中にも、たくさんの誰かがそうやってうっすらと生きている。
 
 「地球のことは自分のこと」とは、たとえばそういうことなのかな、と思う。

 
 

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2011.10.07

あれもきっと日本製

 こんなものを見つけた。商品名、オーデコ

 開発者の談話と、製品の外観が、こちらで見られる。厚手のヘアバンドを巻いた感じ。センサーが感知した前方の風景を、額への電気刺激に変換する。先天性全盲の人が、これをつけて「見えます」 "I can see!"と叫んだという、画期的な製品。
 
 ほぼ同時に思い出したのがこちら。"Startrek:The Next Generation(TNG)"に登場した先天盲のエンジニア、ジョーディ・ラフォージ。「バイザー」と呼ばれる、自動車のエアフィルターのような装置を装着して、この装置からの電気刺激を直接の視覚の代わりにしている。
 
 似てるでしょ。バイザーをちょいと持ち上げておでこに持ってゆけば、オーデコになる。
 
 オーデコを見て確信した。バイザーは実現可能だ。そしてそれは、おそらく日本製だ。バイザーも日本製だったのかもしれない。設定上23世紀の機械を、「だった」と呼ぶのも妙な話だが。
 
 誰もが(必要もないのに)ほしがるような製品は開発しなくても、巨万の富を築きはしなくても、世界中で死を悼んでもらうことがなくとも、ものつくりとはこういうものであってほしい。

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