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2011.11.24

巨星相次いで

 「巨匠」アラン・ルビンが死んだ。第一報のサイトを見失ったので詳細はこちらで。
 
 ちょっとしんみりして、「ブルース・ブラザース」のサントラなんぞ聞いていた矢先、今度は「家元」立川談志師匠が死んだ。「だんしがしんだ」と、よく回文にされていたし、毀誉褒貶の激しい人だけに「死ぬときは他殺」ともよく言われていた。いざ「そのとき」が来てみたら、癌だった。
 
 数年前、「生きているうちに、声が出るうちに」と独演会を聞きに行った。「まだ何回かはお会いできるでしょう」と高座からの挨拶を聞いたのが見納めになった。
 
 「笑点」を生み出した男。落語会の異端児ということになっていたが、落語がかろうじて大衆娯楽であり続けているのは「笑点」の、そしてそれを生み出した談志のおかげだろう。今、東京の落語家ベストテンを作ったら、少なくとも三人が談志の弟子で占められる。
 
 談志が異端児なのだろうか。はたまた落語の方が元いた場所からはるかに遠ざかってしまっているのだろうか。

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2011.11.11

楽しむという仕事

 上半期の講義で使ったテキストの中に、「楽しんでいないクラウンは、仕事をしていないクラウンだ」という一文があり、妙に記憶に残っていた。
 
 仕事として楽しむこと。「私としての私」が楽しめない状況でも、「クラウンとしての私」は仕事として楽しまなければならないこと。わかるような、わからないような。
 
 その姿は意外と身近にあった。「おかあさんといっしょ」に出演している、うたやたいそうのおにいさん・おねえさん。
 
 今夏、彼らは東日本大震災の被災地をめぐった。一面の瓦礫の原を見下ろす丘の上にある保育園の園庭で、いつものスタジオと同じように、子どもたちの手を取って笑顔で歌い踊る。あの光景を肉眼で見て、涙を流さなかったはずはないのに。辺りには得も言われぬ異臭がたちこめているはずなのに。
 
 「私としての私」がどんなに怯えていても、「おにいさん・おねえさんとしての私」は「元気、元気!」
 
 世界的に、日本一有名なクラウンは「寅さん」なのだという。「バカ殿」もクラウンにカテゴライズされるらしい。「Mr.ビーン」も。してみると、パフォーマンスの時の衣装が決まっているたいそうのおにいさん・おねえさんをクラウンと呼んでもあながち間違いはないのではないかとさえ思う。

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