即興
昭和を代表するスターの一人、都知事の弟。昭和の終わりを待っていたかのように五十代で死去。
この人は、自分の看板番組だった刑事ドラマ二つで、最終回に台本なしで一人で語るシーンを撮っている。一つは殉職した部下に霊安室で。一つは取調室で被疑者の親族に向かって殉職した部下のことを。前者を仮に部下Wとし、後者を仮に部下Oとしよう。
部下Wを演じる俳優は、スターさんのプロダクションの重役である。当時いろいろな映画のオファーがあったらしいが、会社の看板番組をしょっているだけあって断らざるを得なかったという。映画全盛期を知っている人だ。無念だったに違いない。スターさんは劇中の部下に語りかける体で、そうまでして自社の番組に出演し続けてくれた俳優をねぎらっている。
部下Oは、その番組が最終回を向かえた時点で、演じていた俳優が唯一物故していた登場人物である。スターさんが重病で主役であるにもかかわらず番組を長期にわたって休演した際、部下Oを演じた俳優はみずからも病身だったにもかかわらず主役の穴を何とかふさごうと番組に出演し続け、その無理もたたってか夭逝した。部下Oが番組内で殉職したときの様子を訥々と語り、「命は尊い。死なれると残された者はこんなにつらい」と切々と訴えるスターさんの姿は、しばしばテレビ番組で放映され、「伝説のアドリブ」とも呼ばれている。
しかし、部下Oを演じた俳優、言ってしまおう、沖雅也のファンなら誰もが知っている。スターさんが語った「部下Oの最期」は、間違っている。
それでも最期に沖のことを語ってくれたことに感謝したいというファンももちろんいる。しかし私には、部下Oは、いや沖雅也は、番組に殉じたと言ってもスターさん自身の身代わりになったと言っても決して過言ではない自死した青年は、スターさんにとっては「殉職したたくさんの部下の一人」でしかなかったように見える。
それがスターのスターたる所以であろう。「俺が頭を下げているんだ」で何でもすませてしまう。私には想像できない世界に生きている人がいる。世界は広い。私は小さい。
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