2011.05.25

搬送

 授業終了後、講義棟から研究棟に向かっていたら、白衣の職員さんが空の車椅子を押してかけてゆくところに出くわした。

 救急搬送だ。自分の授業でも、授業中に過呼吸になった学生に車椅子を呼んだことがある。講義棟には担架もおいてあるのだが、担ぐ男手二人をにわかには手配できず、結局電話一本で車椅子を呼ぶことになる。
 
 気がつくと、まるで自分がはじめからその任務についていたかのように、車椅子を先導して走り出していた。目指す教室の周辺にはエレベーターがない。直近のエレベーターで当該階まで上っておく必要がある。車椅子を先導しつつ、エレベーターに乗り込もうとする学生を制して車椅子と職員さんに入ってもらう。階段を駆け上がって当該階へ。「こっちです、こっちです」と先に立って廊下を曲がると、廊下に学生が倒れており、教員と友人らしい学生数人が取り巻いていた。
 
 狭い廊下の通行人に迂回をお願いしながら手当の様子をうかがう。「足までしびれてきたって言ってます」という声が聞こえる。標準よりやや大柄な学生である。しかも、具合が悪い人間は自分でバランスをとれないので実体重より重く感じるものだ。小柄な職員さんが、何とか抱き起こして車椅子に座らせようとするが、どうにも無理がある。学生の上半身を抱き起こしたところで動きが止まった。
 
 とっさに学生の上半身にしがみつき、そのままわざと尻もちをついた。自分の体重をカウンターウェイトに使って、筋力に頼らずに人を抱き上げる。河野善紀氏考案の「古武術介護」の手法だ。毎晩のように、寝相が悪くて布団からはみ出してしまった我が子を抱き上げるときに実践している。これを身につけていなかったら、とうの昔に腰を痛めていただろう。
 
 体重にして我が子の4倍はあろうかというその学生は、一緒に抱き上げている職員さんのおかげもあって、嘘のように軽々と持ち上がった。「はい、移動しますよー、じゃ、ここで車椅子におろしますからねー」と、育児そのもののように声をかけながら座面に下ろす。倒れた学生の私物を持ってついて行く友人を伴って、車椅子が動き出した。
 
 「しびれている」という言葉に、一度は重病を心配したが、幸い大事には至らなかったという。何より何より。

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2010.09.22

決意

 子どもが10歳になったら、一緒に実家まで歩こう。
 
 距離約60km。昔の単位で十五里。時速一里が徒歩の基本だから、15時間。早ければ二日、遅くとも三日で踏破可能だ。
 
 幸いなことに『帰宅支援マップ』なるものが市販されている。水場、休憩所、食料補給地点(コンビニ)まで明記されている。道に迷うことはまずない。野宿する必要もない。都会の真ん中を歩いて横断するのだから、それなりに快適な宿に泊まればよい。最悪の場合は最寄り駅から鉄道も使える。難点は、全行程自動車の多い通りを歩かなければならないことくらいだ。
 
 そう思うと、エレベーターを使うのがバカバカしくなる。今からキロ単位、いや、できれば“里”単位で歩き込んでおかなければ。
 
 おそらくそれが、子どもが喜んで親と旅してくれる最後になるはずだ。

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2008.06.04

混同

 先週わが子は、猛烈な下痢と嘔吐に苦しんでいた。深夜目を覚まし、身をよじって泣く。その泣きっぷりは、ふだん空腹を訴えるときに酷似している。母乳を与えると果たして猛然と飲み、数時間後に噴水のように吐く。
 
 いや、新生児の頃は確かに噴水だったが、今では継ぎ目がはずれた水道ホースのようだ。苦痛にのたうち回りながら胃の中身を全部まき散らす。毛布といわず布団といわず絨毯といわず、深夜の大洗濯、大掃除の幕が開く。
 
 医師によると、腸の具合が悪く、食べたものを肛門に向けて送り出すことができないと、飲み食いしたものを口から出してしまうのだという。その後の観察で、腹部がポッコリふくらんでいるときは要注意だということがわかってきた。おそらく、たまったガスが嘔吐を促すのだ。
 
 そのうちに思い至ったこと。この子はまだ、空腹と腹痛を泣き分けることができないのではないか? いや、もっと言ってしまえば、空腹も腹痛も、「腹部の不快感」として一括りに感じられているのではないか?
 
 かくいう私が、確か3~4歳の頃、友人宅に一泊した翌朝、「腹が痛い」と大泣きしたことがあった。大騒ぎになったが、結局のところ、そのうちの子が女児で元々食事の量が少なかった上、よそ様で遠慮したため、夕食を十分にとらず、朝になって空腹を覚えたものと判明した。
 おそらくうちの子も、空腹も腹痛も同じように感じ、同じように泣いているのだ。
 
 本人も気づかないわずかな徴候を感じとって、あるいは前後の文脈から、空腹なのか腹痛なのか判断し、適切に対処し分けてやることが、親には求められている。

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手渡

 子どもが、おもちゃを親に手渡しするようになった。どうかすると、こちらの手を自分でつかんで手のひらを上に向け、その上におもちゃを載せてくれる。
 
 載せた後は必ず、自分に向かって盛大な拍手。
 
 ちょっと前まで、つかんで振り回したり、両手に持ってカチカチ打ちあわせたりしていたのに。いくら教えられたこととはいえ、人とのつながりが遊びの中に生まれてきたことは興味深い。
 
 そしてもう一つ興味深いのは、渡すことはできても受けとることはできないこと。手渡してくれたものを、同じようにして手渡そうとしても、手のひらで受けとるのではなく、自分でつかんで持ち上げてしまう。
 
 小学校低学年児童は、誰もが一方的に教師に話しかけるので、容易なことでは話し合いが成立しないというが、それはきっと、この「手渡せるが受けとれない」現象の延長上にある。
 
 なお、2歳児以上を徒歩で園外の散歩に連れ出すとき、保育士さんたちは一人一人に同じ注意をするという。もちろん人数分同じことを言うのだ。「この私」に話しかけてやらなければ、園児たちは聞き取ることができないのだろう。この傾向は、以前に比べて年齢が上がっても残存するように思う。
 
 育児にかかわって以来、ある種の人々が標榜する「理想の教育」は、乳幼児の行動様式をただ追認するもののように見える。彼らが社会的影響力を持った結果、青少年の乳幼児化が進んだということなのかもしれない。

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2008.05.18

合掌

 食事を一口食べて、我が子が合掌した。
 
 そういえば先日の保護者会で、「食事時には”いただきます””ごちそうさまでした”の合掌を欠かさない」と報告があった。さすが仏教系の保育園である。
 
 どう考えても、その合掌がすでに習慣化しているということだろう。試みに、「いただきます」や「ごちそうさま」と声をかけてみたら、もれなく合掌して見せた。
 
 驚くべき模倣力。子どもの前での立ち居振る舞いや言葉遣いには、よくよく注意を払わなければ。
 
 それにしても、この合掌、狙っているのかいないのか、見事な「親育て」にもなっている。我が子の合掌見たさに、家庭でも「いただきます」「ごちそうさま」を言うようになる可能性があるから。
 
 そんな保育園のきめ細かい配慮にもかかわらず、保護者アンケートには心ない厳しい意見が並んでいる。おそらく、少数のクレーマーによるものだろう。そして、その意見が印刷され、全保護者に配付されることで、ほとんどの保護者は園の味方になってゆくに違いない。ここにもしたたかな作戦の気配。

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極意

 我が子の首がようやく据わった頃、縦に抱っこしていると、眠くなったか私のほお骨のあたりに額をあててもたれかかってくることが何度かあった。
 とたんに腰が反り返り、今にも後ろに倒れそうになった。乳児の頭一つ分の重量でも、思いがけない向きに加えられる力には抗しきれないようだ。
 
 そして数日前、食事の時。
 
 空腹時に好物を与えると、親の持つスプーンにみずから手を添えて口に押し込む我が子。のどに詰めたり、そのままスプーンを握りしめて遊んだりすると厄介なので、スプーンや手首をつかまれないように注意しながら食事を口に運んでいたら。
 
 なんと、父のヒジをぽんと叩きおった。スプーンは苦もなく口の中へ。
 
 こういう、武術の達人のようなことを、乳児は時々巧まずしてやってのける。

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2007.11.20

心配

 わが子はよく「キィー!」と叫ぶ。単に音量の調節ができないだけらしい。
 
 親がようやくそのことに気づいて、心配しなくなった頃に、この金切り声をいたく心配してくださったのが、保健所の何とか教室の講師でいらっしゃるなんとか指導員。専門家で、子育て経験もありそうな年配の女性なだけに、妻も心配になって相談を持ちかけてみたら、「その相談は階下の○○窓口で」だそうである。
 
 不安をあおるだけの専門家、というものがいるのだ。職業知識人として他山の石としたい話であった。

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2007.11.12

伝達

 わが子は、大量の空気が噴出される音に敏感である。抱っこしたまま、妻(母)と今日の出来事について話をしていて、その場で大声を出したことを再現しようと「こら!」とか「うるさい!」とかいう科白を、無声音で発すると、それだけでぴくりとする。
 
 おむつ専用のゴミ箱の中身に、消臭スプレーを吹きかけたら、その音だけでぴくりとした。
 
 明らかに、「こら!」とか「うるさい!」という言葉を理解して驚いたのではなく、空気が身体から外に出て行く「シュッ」という音に反応したのだ。
 
 
 外出先の赤ちゃん休憩室では、授乳室(カーテンなどで仕切られた個室になっている)内にいる時に、隣のボックスか何かでよその母親がわが子に話して聞かせてやっている怪談の、「お~ば~け~」という科白を聞いただけで、大泣きしたらしい。怪談はそこで打ち切られ、母子はそそくさと休憩室を立ち去ったという。
 
 お化けなど見たこともないのに。たとえ見たことがあるとしても、それが「おばけ」という名前であることはまだ知らないのに。しかも、話し手の表情どころかモノとしての顔面さえ見ていないのに。どう考えても、「お~ば~け~」という音自体が、うちの子にとっては泣くほどのインパクトを持っていたということになる。
 
 本当に、ある程度までは、意味抜きで音だけでコミュニケーションは可能であるらしい。

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2007.10.05

寝顔

 うちの子は、地蔵に似ている。「仏様のようだ」と言ってくれた人もいるが、まあ地蔵似である。
 
 というか、おそらく話は逆で、仏像の顔というものは、乳幼児のイメージで彫られているものなのだろう。
 
 ついでに言うと、一時期一世を風靡してあっという間に消えた「たれぱんだ」なる奇妙なキャラクター、あれもかなり乳幼児の姿に影響されたものだったのだろうと思う。

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2007.10.03

家宝

 我が家で最も古い(と思われる)家電製品が壊れた。
 
 移動式の冷風機。コンプレッサーで冷風を作り、機械の後方に廃熱をゴウゴウとはき出しながら冷風を送り出してくれる、クーラーの代用品。窓際において廃熱を外に逃がさないと、室温はかえって上がる。あまり便利ではないが、安さと手軽さが捨てがたいのか、今でも細々と、しかし確実に製造されている。
 
 大学院時代、夏の書斎の暑さを見かねて、両親が買ってきてくれたものだった。「低価格」とはいってもクーラーに比べたら、の話。当時で5万円弱はしたと記憶する。我が家にとっては大枚である。家計の事情も両親の思惑も顧みずに大学院なんぞに進学した親不孝者への、両親の最大限のエールに思えた。これで辛うじて暑さをしのぎながらワープロに向かって何回かの夏を過ごした。
 
 大阪に就職し、高温多湿の大阪の夏も、この冷風機で乗り切った。クーラーと違って、熱交換の際に出る水は本体内部のタンクにたまり、手動で捨てるのだが、夏は寝る前に排水しておいても、深夜にタンクが満タンになり、アラーム音にたたき起こされては水を捨てるのが常だった。
 
 東京に移って結婚してからは、妻がファンの音がうるさいのを嫌ったため、物置代わりの部屋の片隅に置き去りのまま数年。転居の際、捨てるのも忍びなく、使うあてもなく持ってきたのだが。
 
 子供が産まれて、この冷風機が除湿機、いやさ洗濯ものの乾燥機として大活躍。
 
 吐いたもらしたで汚れた肌着やらタオルやらクッションやら、昼といわず夜といわず洗濯しては脱衣所に吊し、冷風機のスイッチオン。厚手のものは熱風が出る後方に、薄手のものは冷風があたる正面に。長めのものは目立たないがしっかり風が起こっている吸気口の付近に。半日もあればカラリと乾いた。子どもは梅雨時に産まれただけあって、この「衣類乾燥室」には大いに助けられた。
 
 梅雨から夏まで、フル回転で子どもの洗濯物を乾かしてくれた冷風器は、子どもがあまり乳を吐かなくなった秋の長雨のある日、排気口のファンからガリガリと異音を発し始めた。ファンのシャフトが曲がったのだろう。放置すれば異臭→発熱→発火、の恐れあり。やむなく買い換えることにした。
 
 そういえば昔、実家に住み着いていた野良猫がいた。我が家がとてもとてもたいへんだった時期にひょいと現れて、家族それぞれが険しい顔をしている我が家で、いつでも呑気そうな姿で空気を和ませていた。そして、いくつもの問題がそれぞれに解決し、あるいは解決の目処が立って、「もう大丈夫だ」という時期に死んだ。

 家宝の冷風機、機械のくせに、ちょっとあの猫に似ているなと思った。偶然だが、「寿命」もほとんど同じ年数だ。

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