搬送
授業終了後、講義棟から研究棟に向かっていたら、白衣の職員さんが空の車椅子を押してかけてゆくところに出くわした。
救急搬送だ。自分の授業でも、授業中に過呼吸になった学生に車椅子を呼んだことがある。講義棟には担架もおいてあるのだが、担ぐ男手二人をにわかには手配できず、結局電話一本で車椅子を呼ぶことになる。
気がつくと、まるで自分がはじめからその任務についていたかのように、車椅子を先導して走り出していた。目指す教室の周辺にはエレベーターがない。直近のエレベーターで当該階まで上っておく必要がある。車椅子を先導しつつ、エレベーターに乗り込もうとする学生を制して車椅子と職員さんに入ってもらう。階段を駆け上がって当該階へ。「こっちです、こっちです」と先に立って廊下を曲がると、廊下に学生が倒れており、教員と友人らしい学生数人が取り巻いていた。
狭い廊下の通行人に迂回をお願いしながら手当の様子をうかがう。「足までしびれてきたって言ってます」という声が聞こえる。標準よりやや大柄な学生である。しかも、具合が悪い人間は自分でバランスをとれないので実体重より重く感じるものだ。小柄な職員さんが、何とか抱き起こして車椅子に座らせようとするが、どうにも無理がある。学生の上半身を抱き起こしたところで動きが止まった。
とっさに学生の上半身にしがみつき、そのままわざと尻もちをついた。自分の体重をカウンターウェイトに使って、筋力に頼らずに人を抱き上げる。河野善紀氏考案の「古武術介護」の手法だ。毎晩のように、寝相が悪くて布団からはみ出してしまった我が子を抱き上げるときに実践している。これを身につけていなかったら、とうの昔に腰を痛めていただろう。
体重にして我が子の4倍はあろうかというその学生は、一緒に抱き上げている職員さんのおかげもあって、嘘のように軽々と持ち上がった。「はい、移動しますよー、じゃ、ここで車椅子におろしますからねー」と、育児そのもののように声をかけながら座面に下ろす。倒れた学生の私物を持ってついて行く友人を伴って、車椅子が動き出した。
「しびれている」という言葉に、一度は重病を心配したが、幸い大事には至らなかったという。何より何より。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)



最近のコメント